仮名は本来、連綿で書かれ伸縮自在であることを本質とするので、文字を特定の規格に分断して押し込める活字とは相性が悪いのですが、江戸初期の古活字版、特に嵯峨本では手書き文字の優美さを見事に活字とその組版に反映しています。本研究はその優美さの根拠を明らかにするとともに、印字を活字単位に標本化し、フォント・デザインの資料にできるようにしました。既に永原康史、鳥海修両氏に『伊勢物語』の標本を提供し、その成果は「嵯峨本フォント」(フリーフォント)としてWeb上で公開されています。
嵯峨本は『伊勢物語』の他に謡本『うかひ』(特製本)、『春日明神』(上製本)、また他の古活字版として極初期の『源氏物語』(扁平な活字書体が特徴)、烏丸本『徒然草』の印字標本集を作成し、公開できる体制にあります。高精細なデジタル画像から切り出した印字標本集なのでデザインの基本資料として有効に活用できます。文字が均等サイズの近代の活字書体は異なる連綿仮名の特質と組版における留意事項等は、本研究の成果をレクチャーしたり、討論したりする形で共同で進めることが可能です。仮名本来の特質や美的特徴を古い文献資料に探り、これをデジタル・フォントで再現することは、最新技術と歴史的伝統との融合という点でも有意義です。